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最後の夜

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 5月23日(火)05時46分2秒
  ウズベキスタン・タシケントの五つ星ホテルのバー。若いバーテンダーがさっきから「どう見ても四十五にしか見えない」と言っている。もう2時を回った。今夜の飛行機でウズベキスタンを離れる。
一泊二日で訪れたサマルカンドで生涯初めて経験したことを、ほんとは今書きたくてたまらないのだが、酔っぱらいの戯言と笑われてしまいそうだ。帰ってからにしよう。
 
 

今宵タシケント

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 5月20日(土)05時41分14秒
  今朝、成田を立って12時間。モンゴルの西、パキスタンの北に位置するウズベキスタンにやって来ました。空港のトイレの便器が高く、アジアでなくヨーロッパを実感しました。  

青の都、東方の真珠

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 5月16日(火)20時32分57秒
  この国に中学同級のSR(高校11組)が海外協力のシニアとして赴任していて
秋には任期切れになるから遊びに行こうと同級のHK(1組)に誘われて
明後日から1週間、遊びに行くことにしました。
思い出せば10年くらい前にこの掲示板で旧隊長(2組)がこの地のことを
旅のつれずれを書いていたのを思い出します。
時代は移り変わってメールやfacebookを通せば現地の少女ともすぐお友達になれ
土産物まで相談できる世の中になったようですが
見知らぬ地を初めて訪ねる敬虔さを大事に旅立たんと思ふのです。
 

俳女ふたり

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 4月26日(水)05時41分17秒
編集済
   転校していった「ぶうちゃん」から
新しい学校の俳句教室でみんなとつくったという句集が届いた。
 先生と生徒がそれぞれ見開き2ページに俳句と短いエッセイを載せているが
その中で先生が「秀句」と取り上げている「ぶうちゃん」の句と先生の評を紹介しよう。
    湯をかけて待つ三分の大暑かな
     【評】カップラーメンに進呈したいような茶目っ気のある句。
        焦がれるような気分を三分の大暑と言いとめた。軽やかに季語を愉しむ作者。
 「茶目っ気」「軽やか」という先生の評言に新しい学校でも元気でいる「ぶうちゃん」の姿が浮かぶよね。
 同じ頃、関西に住む別の女性からfacebookの「友だちリクエスト」が舞い込んだ。
 名前では誰だか分からなかったが、プロフィール写真を拡大してみて
大学の教養部のクラスで同級だった「けめこ」だと思い出した。
 「けめこ」は大学時代からすでに俳句に手を染めていて
その後送られてきた句集の経歴によると、俳人としては知られた存在らしい。
 「けめこ」の句も紹介しようと思って句集をめくっていたら実に“噴飯もの”の一句をめっけた。
    芋姉と呼ばれし昔ふかし藷
 学生時代「けめこ」に「芋姉」という言葉を投げつけたのは、もしかしたらおれかもしれない。
 

明後日「移住」します。

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 4月24日(月)22時47分29秒
   辛うじて佐久の桜に間に合うかどうか、というところですね。
 尼が淵氏、舟木一夫は鼻濁音で歌っていました。
 

「東京のバスガール」

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 4月23日(日)23時32分39秒
  テレビの歌番組で韓国人の歌手がこの歌を唄っているのを聴いて「あれっ」と思った。
歌詞の「バスガール」のところを鼻濁音で「バスが~ル」と唄っていたからだ。
元歌は初代コロムビア・ローズが昭和32年(1957)に唄ってヒットした。
当時はテレビがなかったから小生は多分ラジオで聴いたか、誰かが唄っていて覚えたのだろう。
小生は当時、このフレーズを「バスがある」と聴いて、そう覚えた。
当時、小学校2年生の小生は「バス」という言葉は知っていたが、「ガール」は知らなかった。
初代コロムビア・ローズが「バスガール」と唄ったのならば
小学校2年生の小生が「バスがある」と聴き間違えるはずがない。
おそらく初代コロムビア・ローズはここを「バスが~ル」と唄ったのだ。
この次の年、皇太子妃に美智子さんが決まった時、
国語学者の池田弥三郎は、美智子さんの話し言葉に鼻濁音が失われていると言って
「日本文化の守り手であるべき皇族としてはふさわしくない」と苦言を呈した。
その頃すでに鼻濁音は近い将来、日本語から失われかねないと危惧されていた。
東京オリンピックの翌年のヒット曲に舟木一夫の「高原のお嬢さん」がある。
この「高原」を舟木が「コウゲン」と唄ったか「コウげン」と唄ったか記憶にない。
仮に「コウゲン」と唄ったとしても当時の小生は「コウゲン=膠原」という語を知らなかったから
「バスがある」のような誤解はしなかったのだろう。
今年、初代コロムビア・ローズの「東京のバスガール」を唄った韓国人歌手は
おそらくレコードかテープで原曲を覚え、その発音通りに鼻濁音で唄ったのだろう。
と同時に、彼女と同世代の日本人には鼻濁音がほとんど伝わっていないと言われるこの国だが
お隣の国には絶滅危惧種の鼻濁音がいまだ残っていたという証拠でもある。
小生が「あれっ」と思った所以である。
 

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 4月22日(土)09時52分40秒
  各地で今年は不作だと聞きますが、当地でもようやく昨年並みの価格で農産物直売所に並び始めました。旬ということもありお隣から地物の大きいのを1本、隣市に実家があるご近所さんから2本、大阪の知人から5本、養老渓谷に住む知人から5本……筍のラッシュです。あく抜きをして鶏肉と炊き合わせ筍ご飯の素(冷凍しておいて、炊き立てご飯に混ぜるだけ)や、メンマ風煮物を作っています。
 筍を竹の旬と書くのは実に言いえていると毎年感心してしまいます。
 

サウナ室の思い出

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 4月18日(火)12時50分39秒
  上田に住むようになって室賀温泉ささらの湯の朝風呂に通うようになり
以来、酒を過ごした時もそれほどでないときも朝一番のサウナでアルコール分を搾る習わしとなった。
サウナ室にはどこでも同じような時計があって黒い短針が12分計、赤い長針が60秒計
今朝も7人で満員の小部屋に入ってサウナ時計を見上げると
針は普通の時計表示で言えば「9時30分」を指していた。
小生、この針の表示を自分勝手に読み換え、汗みずくとなるまでの数分間
つかの間の懐旧にふけるのを常としている。
その時計読み換えの技はこうだ。
時計の〇時に相当する1~12の数字を小学校1年から高校3年までの各学年に振り分け
△分の数字を各学年のクラス(上田北小は全4組、上田二中は全8組、上田高校は全11組)とするのだ。
そうすると、今朝の「9時30分」は小生が中学3年の時の隣の6組ということになり
この組にはどんな人がいたか、その年は学校でどんなことがあったかを思い出しながら汗をかくことになる。
今朝のこのクラスには、この掲示板の創設者でもある隊長がいた。
隊長は今でも四日市の母親コーラスを率いて全国大会で活躍しているが
当時は中学校の合唱団の中心メンバーとして関東甲信越や東日本の大会に出場し、好成績を収めていた。
その隊長が率いる6組の合唱隊は校内の合唱クラスマッチで1年生、2年生とも連覇していて
スポーツのクラスマッチでは全学年で全種目を制覇していたわが組が
唯一優勝できずにいたのが合唱部門だったのだ。
その合唱で3年生の時初めて隊長の6組を破って優勝したことを思い出していたら
今朝のサウナは久々の長丁場となっていた。
 

間違えて

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 4月16日(日)23時15分53秒
   8組の掲示板に書き込んでしまいました。この掲示板に遅咲きデビューしてから、8組の方へは出しゃばらないと心がけていたのに、つい勘違いでした。迷惑をかける話でもないのですが。
 今日久しぶりに袖ヶ浦公園へ行ったら八重桜が満開になっていました。園内の万葉植物園には黄花カタクリも咲いていました。春たけなわです。
 

尼ヶ淵亭日乗

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2017年 4月13日(木)22時43分51秒
  フィギアスケートの浅田真央が現役引退を表明したのとちょうど同じ頃
小生も44年余に及んだ会社勤めに幕を下ろした。
あちらは記者会見をして華麗な経歴を回顧したが
こちらは後輩相手に深酒して最終電車を小諸まで乗り越した。
それはともかく26歳の彼女と67歳の小生が
時を同じくして第2の人生を歩き始めたのだ。
この2人を待ち受けている未来は
どこがどれだけ似ていてどこがどれだけ異なるのか。
そんなことを考えてたら長らくご無沙汰していたこのノートに
なにか書いてみたくなってきた。
 

チラシ添付

 投稿者:kuro  投稿日:2017年 3月18日(土)17時50分50秒
  チラシ添付忘れました  

大変ご無沙汰しております

 投稿者:kuro  投稿日:2017年 3月18日(土)17時45分41秒
  4月8日(土)、9日(日)長野市芸術館で2日連続別プログラムコンサートをします。
昨年の上田サントミューゼの超満員に調子に乗り、長野で「2日連続大ホールでのコンサート」などという途方もないことを計画してしまったため、ちょっと苦戦しています。
「長野は上田のようには行かないよ」と言われていたのですが、本当にそうですね。
なぜでしょう?
コンサートの内容は、映像もあったり、N響の吉田秀さんも復活、素晴らしい響きを聞かせてくれます。71歳以上だけのLIFE合奏団の音には涙が出ます。
 初演される「信濃の国抄歌」はあの「信濃の国」を画期的なアレンジでお送りします。そして子ども達と周美で歌う「世界中の友達に平和を」は、今年はトランプ政権誕生から始まり森友学園問題など戦争への不安や「人への不信」が日本中、世界中に渦巻いています。そんな中、子ども達に、どうしても「平和」や「友情」のすばらしさを伝えなければと、渾身の思いで発表する曲です。
 きっと皆さんにさわやかな春風と希望を感じてもらえるコンサートになると思います。
是非ご一緒にその空気を共有していただければ、と思います。
どうかよろしくお願いします。
切り絵作家の柳沢京子さんがポスター、チラシを作ってくれました。
もしできましたら、ちょっとチケットを広めていただけないでしょうか?たまの書き込みでお願いばかりでスミマセン。
 

角川俳句年鑑2017年度

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 3月14日(火)15時28分54秒
   書店に行ったついでに買ってきました。お持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、内容を一部(=矢島渚男氏の関係だけ)紹介します。
 巻頭の2016年百句選を矢島渚男氏が選んでいます。当然?ながらご自身の句は選ばれていません。その中からさらに何句か私好みで選びます。
  いくつ旅終へ来し年ぞ改まる (稲畑汀子) 新年
  華鬘草毀釈の後は寺絶えて  (三村純也) 春
  揚げたてを口で転がす蕗の薹 (中島誠之助)春
  万愚節伏せ字に代はる自主規制(白濱一羊) 春
  明易し蚕は糸を吐きつづけ  (村上喜代子)夏
  片陰や全紙全局政府に和す  (関悦史)  夏
  爽やかに人の集まる遠忌かな (九鬼あきゑ)秋
  田には田の森には森の秋の音 (加藤瑠璃子)秋
  森深く来て凍裂の木に触るる (深谷雄大) 冬
  被爆野の枯木の下に椅子ふたつ(中島鬼谷) 冬

 次の「写真でたどる二〇一六年の俳壇」のトップに、第50回蛇笏賞・超空賞贈呈式での矢島先生の写真、その7ページ後に「梟」創刊25周年通関300号記念「梟の集い」の時の矢島夫妻の写真が載っています。
 二〇一六年の収穫という記事(俳人一人について2~3句を選ぶ)の矢島渚男の項は山西雅子さんによって
  べろべろと皮膚融け落ちし被爆者忌
  雪国や笑ふ土偶に炉火のいろ
  野兎の糞あたらしや父母の墓

が採られ「一句目、『亡くなった人一人一人の命日なのだ』という思いが実にこの人らしい。生を愛し人を愛する思いがこの厳しい表現を生む。」とあります。
 628名の俳人による「諸家自選五句」で先生は、上記「雪国や」「野兎の」二句に続けて
  未使用の水爆隠れ蛙の田
  ほどきたる藺草長しよ粽餅
  泳ぐなりかつては鰭の手足もて

計五句を採られています。
 長くなりました。
 

その中目黒での展覧会のこと

 投稿者:ドラゴン  投稿日:2017年 3月 4日(土)18時44分1秒
   先にs.Take君が、私達の恒例の東京中目黒での展覧会の折に、このところ集ってきたミニ同級(期)会のことを述べてくれました。

 僕は自分たちのそんな展覧会が同級(期)生の少しでもお役にたってもらえていれば、とても嬉しく、光栄です。展覧会をダシにして、集まってなごやかな時を過ごしていただけるのは、ありがたいことです。

 現在、その展覧会の案内状を作成中です。
 昨年秋(冬かな)に関東地区の同期会があったそうで、そこに参加した同じ美術班だったT君から(彼がその展覧会を宣伝してくれたとか)出席者の住所を教えてもらいました。今回はその同期生達にも案内状を送る予定です。
 もし掲示板を見て、近くの方がいらっしゃれば、どうぞお立ち寄りくださいな。僕と同じ8組の人が多いかもしれませんが、別のクラスの人もいますので。

 今年の展覧会はいつもと違って、桜の花が散った後の時期になってしまいましたが、少し人出も落ち着いて、いい頃かもしれません。


 今回、僕はここ20年間通ってきたイタリアの、大好きなロマネスクの教会建築の窓の印象から、現代的なイメージを表してみました。女房はトスカーナの風景と日本の野の花を型染めで額絵としています。

 そんなことです。それではお待ちしております。
 

中目黒での"ミニ同級(期)会”のお知らせ!

 投稿者: s.Take  投稿日:2017年 3月 3日(金)23時11分26秒
編集済
  8組の有志一同

 関東に本格的な春を告げるドラゴン夫妻の「春の工房mymy展」が、今年は4月12日から16日まで中目黒のさくらギャラリーで開催されます。
 ここ数年、この「mymy展」に集まった仲間たちで“ミニ同級(期)会”を実施し、今を、また懐かしいあの頃をつまみに酒を汲みあい、高校時代に戻った気分で和気あいあいと楽しい一時を過ごしてきました。
 こうした中で、より多くの皆さんに参加を呼びかけようとの声があふれ、この度「掲示板」に投稿することとしました。
 今回は、下記のとおり中目黒駅近くの居酒屋で行います。現在のところ12名の参加が予定されています。この掲示板をご覧になりました8組の皆さん、66期の皆さん、間もなくドラゴンさんから「mymy展」の案内が届くと思いますが、「mymy展」をご覧いただき、同級(期)会に是非お越しください。
 旧交を温め、再会を楽しみ、また新たな出会いの機会となることと思います。多くの方のご参加をお待ちしています。

1 日時 4月14日(金) 午後6時30分から
     ※mymy展を観た後、皆で会場に移動したいと思いますが、会場に直行されても結構です
2 会場 中目黒炭火焼きABEYA
     東京都目黒区上目黒1-22-4中目黒勧業ビルF5
     TEL 050-3476-6539
3 会費 5,000円(程度)
4 参加申し込み
  参加される方は、この掲示板ページ最後にあります『管理者へメール』で申し込みをお願いします。
また、会場の都合上、4月10日(月)までにお願いします。
 

菅平・根子岳

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 3月 1日(水)23時08分21秒
   昨秋のYaeコンサートの実行委員会で知り合ったK夫人は、菅平奥ダヴォスのYスキースクールでインストラクターをなさっています。家内が20年ぶりにスキーを滑りたいと言ったら「修学旅行の時期が終わったらお相手できるからいらっしゃいよ。」そんな経緯で27日から菅平へ行くことになり私も同行、膝に自信のない私は長靴持参です。
 初日は奥ダヴォスのリフトの上まで景色を見に上り、やや霞ながらも北アルプスの山々を一望しました。K夫人と家内は滑り始めましたが、私は長靴でゲレンデの端の方を歩いて下りました。暇なのでレストランで生ビールを2杯飲みながら読書。
 昨日2日目は朝1番のキャットで根子岳へ。これは、☆君のブログに刺激されて絶対に行きたかったのです。☆君の言葉通りの絶景でした。写真の上はキャットの終点から、乗鞍・御嶽から白馬三山までの北アルプス全景のパノラマ、中と下は根子岳山頂から見た浅間山と富士山です。午後
私は下山して上田駅前の東急レイにチェックイン、休憩と入浴を済ませてからコーヒーと餃子の店へ。前の日に連絡しておいたために、常連のAさんと1年半ぶりの私のために「本日貸し切り」の札を下げて待っていてくれました。終列車を気にすることなく11時近くまで飲み、語り、帰りました。
 今日は岩村田の実家へ、15日の講演会で配布するNPOの会報のバックナンバーを1000枚近く取りに行き、たまたま岩村田で友人夫妻と会食することになっていたD夫妻に誘われて私も参加。2時間ほどの会食・懇談の後、D夫妻に佐久平駅まで送っていただきました。
 K夫人、D夫妻、☆君に感謝。
 

ヴァレンタインのサーヴィスは

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 2月15日(水)23時42分36秒
  すっかり血糖値を上げてくれました。
 一昨日、義妹と姪が泊まりに来て、やまとというすし屋で心行くまでランチ、その後で一昨年あたりから観光名所になったらしい農溝(のうみぞ)の滝と安房鴨川の菜な畑ロードを見に行きました。
滝は洞窟の中にあり、月光写真だとハート形のシルエットに包まれるらしい。
 夜は私の手料理ということで、菜の花・蕪・胡瓜の浅漬け、新筍の焼き筍、蚕豆、干し柿の生ハム巻、蕗味噌、レンコンの金平、花豆、ゴーヤの甘炒め、イベリコ豚・オーストラリアラム・黒毛和牛のステーキなどでした。
 昨日は房州白浜の花畑を見ながら、千倉海岸にある潮風王国のレストランで、昼食。メニューは海鮮サラダ、アワビの踊り焼、伊勢海老のお造り、地魚の刺身盛り、なめろう、キンメダイの煮つけ定食……を4人でシェアして。車の中でおやつに桜饅頭を半分、紅葉饅頭を1個。帰宅して桜餅半分でお抹茶。
 夕飯は近くのイタリアンで。シェフの適当サラダ、前菜の盛り合わせ、パスタ2種、をシェア。前菜は、サービスでエビを4本つけてくれ、生ハムも大盛りに。(私は、日本酒を飲みました。)
デザートはレストランミクニのレシピそのままという「とろとろチョコとアイスクリーム」を2人で1皿ずつ。サービスで生チョコ2個ずつ。バスの発車までに時間があったので、手作りリモンチェッロを頼んだら、イタリア産より美味、ほめたら柚子を使ったユズチェッロ? をサーヴィスしてくれた。姪にはついつい甘い顔をしてしまうおじさんなので、なんだか贅沢な2日間でした。
 そして今日、病院で血液検査。過去3回の血糖値は109,113,109だったのに、今回は133。昨日の食生活が見事に反映されてしまいました。HbA1Cが下がってきているので、医師の機嫌は良かったので、何も言われずにすみました。
 前回骨密度の測定もしたのですが、若者に比べれば低いが、同年代の平均値の105%だそうです。
 長くなりました。
 

『百年後』

 投稿者:Kn.  投稿日:2017年 2月13日(月)17時14分44秒
編集済
   今年の年明けの頃紹介されていたインドの詩人、ラビンドラナート・タゴールで調べてみました。 女声合唱曲にもありました。 『百年後』と題する詩が『横浜インド文化交流会』のホームページに載せられていたので 打ち込んでみました。 「女性合唱とピアノのための「百年後」」がユーチューブにあるので、そのURL も(勝手に)載せました。(「反則」?) 演奏時間は6分8秒です。

 <転載部分はじめ部分>

 『百年後』

 いまから百年後に
わたしの詩の葉を 心をこめて読んでくれる人
君はだれか

 いまから百年後に?
早春の今朝の喜びの 仄かな香りを、
今日のあの花々を、鳥たちのあの唄を、
今日のあの真紅の輝きを、わたしは
心の愛をみなぎらせ 君のもとに
届けることができるだろうか

 いまから百年後に
それでも、ひととき 君は南の扉を開いて
窓辺に座り
遥か地平の彼方を見つめ、物思いにふけりながら
心に思い浮かべようとする

 百年前の とある日に
ときめく歓喜のひろがりが、天のいずこよりか漂い来て
世界の心臓(こころ)にふれた日のことを
いっさいの束縛から解き放たれた 奔放で うきうきした
若やいだ早春(ファルグン)の日のことを

羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた
南の風が
にわかに 吹き寄せ 青春の色調で
大地を紅くそめたのを

 昔の時代(とき)から百年前に
その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて
 なんと詩人は目覚めていたことか
どんなにか愛をこめ どんなにか多くの言葉を
花のように咲かせたがっていたことか!

 百年前の とある日に

 いまから百年後に
君の家(うち)で、歌って聞かせる新しい詩人は誰か?
今日の春の歓喜(よろこび)の挨拶を、わたしは その人に送る
わたしの春の歌が、しばしば君の春の日に こだましますように

君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、若い蜂たちのうなりのなかに
そして、木の葉のざわあめきのなかにも、こだましますように
 いまから百年後に

<転載部分おわり>

 広大な宇宙を感じました。








 

https://www.youtube.com/watch?v=km9DzIXjFLE

 

立春の昨日

 投稿者:ToMo  投稿日:2017年 2月 5日(日)23時14分16秒
  私も某工房主人も、昨秋Yaeコンサートの会場を提供してくれたK氏も、そろって齢を一つ重ねました。K氏は知らず、大きな病を抱えながらも齢を重ねていける幸せを痛感させられるハガキが昨日の昼過ぎに届きました。
 私の初任校に、2年後やはり初任として赴任してきたYさん、国語科の初めての後輩です。真面目で人柄も優れ、組合員としても頼もしい同僚となりました。彼は3年で他地域に転勤したために以後は組合活動を通じて交流を重ねてきましたが、今月1日、他界されたという知らせでした。
 昨日届いた知らせで今夕がお別れの会。棺に横たわるYさんの端正で穏やかな顔に安堵しながらも、無念の思いは大きかっただろうと思ったのです。まだ高齢者と呼ばれる年齢にも達していない若さでの逝去なのですから。
 もっと若い身内や親しい方を亡くされた方々もいらっしゃることは承知しています。私の弟も、私が初任の年に22歳で他界しました。でも、その人たちに比べてYさんは長生きだったからとは言えません。ただ、まだ生きることを許されている私たちは1日1日を大切にしようと、殊勝なことを、こんなときばかりは思うのです。
 

御無沙汰です。その2

 投稿者:きょう  投稿日:2017年 2月 2日(木)10時54分49秒
  もう2月、如月。
庭の枯葉をかき分けて見れば、小さく福寿草が咲いていました。
今年もよろしくお願いします。

風邪をひくと、2週3週、グズグズしています。
皆様もお大事に。

4月12日からの工房展の頃は、桜は終わりでしょうか。
私は、その頃に中学の同級会を計画しているので忙しいかも、ですが、合間に工房主ご夫妻には会いに行くつもりです。
 

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