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よしなしごと

 投稿者:kn.  投稿日:2018年 7月21日(土)12時11分58秒
編集済
   「何とかやっています・・・」と一筆あり一安心。
でもちょっと心配なところもちらほらあるようで。

ドラゴンさんたちの今回の工房展はこちらにあるということです。
  http://studiomymy.web.fc2.com/index.html


ところで普段は元気だけが取り柄で生きているようにも見えた私だったが
思わぬ弱点が隠されていました。
 その私に39度の体温が4日間昼夜の別なく、容赦なく襲い解熱剤と首ったけの日々。
妄想を枕にベッドの上で耐えるだけの時間を過ごす。
5日目にして総合病院の総合受診科を訪ねて、窮状を訴えた。
ほぼあらゆる検査をして、最後に造影剤CTをしてもらう。
 長椅子に掛けて待つこと1時間15分三度先生に呼ばれて診察室に入る。
担当の医師が「分かりました。」と確証を得たようだった。
医師の机に置かれたモニターには先ほどの造影剤CT検査の画像が映しだされて
肝臓の画像で静止した。そうだ胆汁は肝臓で造られていたのだ。
 そこで医師は「胆管炎です」と言われた。
これぞまさに晴天の霹靂。平静を装うと必死でした。
九年前にしていた手術で健常な人とは胆汁の出口の仕組みが違っていた。
ふつう胆汁の出口は逆流しない仕組みがあるのだが、
私にはそれが手術でなかった。
なのでその胆汁の出口から侵入した細菌が肝臓を荒らし回ったのだった。
肝臓の画像にはあちこち細菌の悪さをしている箇所が多数あった。
 高熱に至った原因を突き止めてもらった医師に最敬礼して帰ってきた。
この後は抗菌薬を服用して対処。手術して9年もの間何も起こらなかったことの方が幸せ。
これで何か本気で最後の身じまいに向けての準備を急いでしなくてはと考えたり、
悲観に偏する事が大好きな性分は、人生の最終章は意外と近いところに来ているのかもしれないと思わせて、これはこれでさっぱりするかもしれないと。また「老醜」のページの始まりかもしれない。
すべてが諦めの境地にまで発展した。どこか晩年の親父たちの姿とも重なってきて。
 突然の体の異変には必ず原因が隠れているので総合病院を訪ねるのがお勧めです。
蛇足になりますが、炎暑の夏の今日このごろ、皆々様、自ら「命を守る」生活を。
 
 

暑いです

 投稿者:きょう  投稿日:2018年 7月20日(金)18時37分2秒
  日時計の活躍には良いのでしょうが、、、
暑くて参ってます。

久しぶりの工房展です。
http://studiomymy.web.fc2.com/index.html
信濃追分のこの会場は、不思議な場所です。
 

これは何?

 投稿者:kn.  投稿日:2018年 7月 5日(木)18時29分22秒
編集済
   種あかしはのちほど。

その種あかし(7月9日記)は以下に。

1番目と2番目の写真は市内の工場を見学した時のものです。設計者が同じですが商品に(800円くらい)なっているのが3番目の写真です。今朝起きぬけに買ってあったこの日時計を組み立ててみました。
上2枚の写真については「天文精密日時計の製作」で検索すると日本時計学界誌に載っている詳しい説明が読めます。

 上2枚の写真を撮ったことで、科学に小さい頃から興味を深く抱かなかったわが身にはとても新鮮な刺激になって、商品の日時計を買いました。結構正確な時刻を知ることができます。 本格的な天文精密時計は多摩六都科学館(東京都西東京市)、さじアストロパーク(鳥取市佐治)など数台があるそうです。

 機構的には「同じ時刻(日本標準時)の影の位置を一年間結ぶと、細長い8の字状の図形になり、・・・・この図形を日時計を設置する場所に合わせて時刻ごとに計算し目盛り板に刻むと時差表などを使わずに時刻をそのまま読める実用的な日時計ができます」(現地の説明板から)という事だそうです。









 

幽玄境。

 投稿者:kn.  投稿日:2018年 6月29日(金)22時06分57秒
  何十年ぶりに出会えたホタルに、保護に携わっている会の方々に感謝です。
自分が幼かった頃に戻ったようでした。すばらしかったです。

 

ゲンジボタル

 投稿者:のび  投稿日:2018年 6月26日(火)23時34分7秒
  ホタル保護を始めて18年目の今年、おそらく15年ぶりの豊作です。
久々に感動したという声をたくさん聞くことができました。

http://hocchi-hotaru.com/

 

早速のご教示に感謝

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2018年 6月16日(土)10時15分30秒
  おいらの水彩絵の具はすべて透明絵の具で白だけ透明と不透明を両方持っていますが、透明の白は使ったことがありません。
おいらもドラゴンの言う通りかなと考えていましたが、論理的に説明してもらって納得しました。
やっぱり初心者のせいか、透明水彩のきれいさとか、濁ると汚くなるということが、技術的体験的によくわかっていないんですよね。汚くなると自分が未熟なんだからとそればっかりを思ってしまう。その通りなんだけれど。
おいらが通っている教室の生徒の作品展が今月、長野駅の駅ビルのホールで開かれ、おいらの絵も2点、一週間にわたって展示されました。長野在住の友人たちに触れ回ったらいろんな奴らが見に来てくれて、お世辞と冷やかしが半分半分の激励がおおいに励みになりました。
ドラゴンのご指導を自分なりに消化しながら、これからもう一度を構想を練り直してみます。
ありがとうございました。
 

透明と不透明では異なります

 投稿者:ドラゴン  投稿日:2018年 6月15日(金)17時12分34秒
   お尋ねの件ですが、僕は何でもありと考えているので、やっては
いけないことなどはないと思いますよ。自分の思うように・・。

 ただ水彩画としての効果ということはあると思えます。

 この場合では使っている水彩絵の具が、透明絵の具か不透明絵の具かということが
一番重要な点ですよね。

 ご存知のように不透明なら、下描きした鉛筆の上に重ねても全く問題ありません。
不透明絵の具は何度も重ねられますので(下の色が乾いてから)。
 透明絵の具を使っているなら、下描きの鉛筆が溶けだして汚くなる場合もあるので
練りケシゴムで、あらかじめ形がわかる程度まで鉛筆の粉を除いておくといいですよね。

 僕はそのくらいしか言えませんが。
 

どうしたら絵になるか

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2018年 6月14日(木)23時20分18秒
   水彩画教室で花や人形ばかりを描くのに飽き飽きした挙句、
教室の倉庫から持ち出して組み合わせてみたのがこのオブジェ。
 靴から半分だけ顔をのぞかせたこの男の顔つきは
相次いでこの身を襲い来る不条理を耐え忍んでいる
最近の自分の顔に似ているんじゃないかと思い
鉛筆画と水彩画の二通りの作品に取り組んでいるところ。
そこで美術教師のドラゴンとテレナ
もしも今でもこの掲示板を覗くことがあるのならば
よちよち歩きの初心者に教えてほしい
鉛筆画に色を重ねることはご法度なのか
それとも、それもあり、なのか。
 

断捨離といふ寂寥に春暮るる・・・

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2018年 6月11日(月)14時03分21秒
  この春から本、衣類、写真、手紙とかたっぱしから処分していって
一昨日押入の隅から引っ張り出したのがこれ。
およそ60年前の小学校1年生の頃、止まると踏み台に乗ってネジを巻くのがおいらの役目だった。
少しいじると「ボーン、ボーン」と音はするのだが、ネジが見当たらない。
ネットで「振子時計&修理」で検索して見つけた業者に写真を送って問い合わせると、
「明治の終わりから大正初めころのものではないか」と言うではないか。
おいらが生まれた家にあったんだからせいぜい戦後の物と思っていたが
さて、どないしよう?
 

S氏家系図

 投稿者:尼ヶ淵是閑  投稿日:2018年 6月 9日(土)22時39分34秒
編集済
  会社勤めを辞めてからは絵、ピアノ、俳句と芸事に現を抜かしているが、
それだけだと“遊び人”の誹りを免れないので
今月結婚する甥っ子にわが家の家系図をプレゼントしようと思い立った。
わがS氏は文字通り藤原北家の流れを汲み、その藤原氏は大化改新で功あった中臣鎌足を始祖とする。
さらにその先祖を遡れば、天孫ニニギノミコトが高千穂に降臨した際、
それに従ったアメノコヤネノミコトに発すると言い伝えられる。
そこから下って斎宮頭だった叙用の時にS氏を名乗るようになり、
鎮守府将軍だった利仁の時に越前国を領有し、さらにそこから何代か下った子孫の時に
目代として美濃国に入り、室町時代には守護代として君臨したと伝わる。
S氏が斎藤道三に乗っ取られた以降は
子孫が信濃国上田、上野国藤岡、再び信濃国上田と移り住み、
波乱万丈ありながらも今日まで続いてきたらしい。
 

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